勘三郎不在の「三部制」　　　　犬丸治
「テアトロ」２０１３年１０月号

　歌舞伎座の夏に、恒例の三部制興行が帰って来た。しかしその成績はというと、三津五郎を除けばいずれも帯に短しで、毎夏を牽引してきた勘三郎不在の痛恨が改めてよぎる。

　第一部「野崎村」。
　福助のお光は、「跡に娘は」の出をはじめ、髪のなでつけ、眉を紙で隠す辺り可憐さを作り過ぎ、「さればお染と」と膝打つくだりなど段取りじみる。「細き線香に立つ煙」の立ち姿は流石に立派だが、久作に手を引かれて暖簾口に入るくだりは、もう少し思いを残した方が良いだろう。良いのは二度目の出で、久作を制しての「何にも言うて下さんすな」で哀しみを呑みこみ、「サ死ぬる覚悟でいやしゃんす、母さまのご大病」「思い切った、ナ切って祝うた髪かたち」の気持ちの切り替え、「嬉しかったはたった半時」と悟りをリアルに見せ、「どう盃がなりましょかいの」で糸に乗る辺り、終始内省的で、最後の久作に縋っての幕切れが生きている。それだけに前段の上滑りが残念。

　扇雀の久松は、久作と出て来たときはやや理詰めに見えたが、お染のクドキ・久作の異見を聴く間のハラは良い。終段の「泣音伏籠の面ぶせ」の背中に色気が欲しい。

　七之助のお染が、下女およし（芝喜松好演）のセリフではないが「立てば芍薬」で、花道のゆったりとした出、一人久作内を訪ねる心細さなど、如何にも深窓の令嬢。打ち捨てられた芥子人形を拾う所在なさ、内の三人の芝居を終始外で受けているあたり、芝居が立体的である。

　クドキになっての下手での柱巻、「在所も厭いはせぬ」と上体を反らせたキマリ、「思うが無理か」で久松に腹を触らせるあたり終始大胆で、お染の盲目の恋が、お光と対照的に浮かびあがる。久作の異見のあと久松に目と目で知らせあう件に、死の覚悟が徹底しないのが残念。幕切れ連れ弾きの時、船から終始駕籠の久松に気持ちが行っているのが良い。

　弥十郎の久作は、灸の件の愛嬌溢れる好々爺ぶり、異見で老母を思いやっての「何と命がござりましょう」や「人交わりがなりましょかいの」など切実で良い。東蔵の後家お常が情理備わった出来。

　父勘三郎ゆかりの「鏡獅子」を、月前半後半に分けて勘九郎・七之助兄弟が踊り分ける。
　筆者所見（５日）は勘九郎だが、襲名時より固くなっている。「忍ぶ便りも」など、御前と気づいて思わずハッとなる恥じらいが欲しい。「天の浮橋」から「川崎音頭」と、折り目正しさがこの人の身上だが、「人目の関の」から「春は花見に」、あるいは「恨みかこつもな」の手踊りといった各段の変わり目に、変化がない。牡丹の花の件の「散来るは」も、身体をたっぷり動かしているが、景色の描出までには至っていない。弥生終段の、手獅子の狂いに驚いてから花道を引っ込む件は、間然とせず良い。

　後シテの獅子の精は、正面極まった姿に流石に風格があるが、思いが先行したのか、最後が毛振り大会になってしまったのが残念。鶴松・虎之介の胡蝶、小山三の老女。

　第二部は三津五郎十六年ぶりの「髪結新三」。
勘三郎の様に、「上総無宿の入墨新三」の陰翳を強調せず、サッパリと江戸前。白子屋外でジッと内を伺うあたり悪が利く。忠七の髪を撫で付けながらのセリフも、手先の動きだけではなく、忠七の反応を読み込みながら、押しては退く緩急が実に上手い。永代橋は相合傘を突き放すひんやりとした手触りから、「喧しいやい」とガラリと開き直るくだりに凄みが出る。傘尽くしは「覚えはねえと白張りの」の音遣いの良さ、「ざまあ見やがれ」の引っ込みなど、カラリとした味である。

　「新三内」では、浴衣姿の出が、如何にもスッキリして江戸前。長屋中に悪態をつくあたりは勘三郎ほど凄みを利かせない。

源七が来てからは、この男の親分風を聴きながらジッと瀬踏みをして「深川から帳場仕事に出やあしやせん」と皮肉る辺り上手い。「十両のこの金でかえ」と時代に言って叩き返してからの啖呵も、暗さが無く、歯切れが良い。源七に「持って生まれた癇癪の」と迫られ、火入れを持ってキッと身構えジッと静止する辺り、寸分の隙もない。

　家主相手に入墨自慢をする辺り陰翳を込めず、お熊を上手柱に寄りかかって見送るのもいやらしさを強調しない。むしろ「間抜け」と言われて逆に色をなしたり、並べられた十五両を目で追っての「わからねえ」という表情など、愛すべき造型である。大家に「早く返事をしねえのか」と詰め寄られる件は、恐らく弥十郎にも相当注文をつけたと思われるが、双方イキを詰め「俺もよっぽど太え気だが」と時代に張り、ガラリと砕ける辺りこの人の上手さが出る。勝奴との、押入れの鍵をめぐるやり取りでの捨てゼリフ一つとっても、間然とするところが無い出来。

　橋之助の弥太五郎源七が、空威張りの親分ぶりを上手く出し、「新三内」花道での引っ込みでも殺意を滲ませて好演。扇雀の忠七は、如何にも才子然としたところが良く、新三に打ち叩かれての独吟での一人舞台を持たせたのは手柄。

　弥十郎の家主が如何にも老獪で、最初下手に新三に愛想を振りまきながら、「種を明かせばかどわかしだ」とちらつかせ、「聞かれざあよしにしろい」と開き直ってからは、終始新三に被せて行く手強さが良い。勘九郎の勝奴が、目端が利く若者。児太郎のお熊は、批評以前に生硬。萬次郎の後家が如何にも情味があって良い。秀調の善八、亀蔵の家主女房、家橘の加賀屋、三津之助の鰹売と、ワキも揃う。

　「かさね」は、花道をかさね（福助）、上手から与右衛門（橋之助）。つまり、両花道を使った梅幸型だが、こうなると「野崎村」同様両花道が欲しくなる。橋之助は、黒の着付が合い、原作の久保田金五郎同様、年上の色悪の太い線がある。福助は、腰元らしい初々しさがあり、クドキでの「心で祝う菩提心」など、しっとりと踊る。変貌してからは「わしを騙して胴欲な」のキマリや「帯の矢の字を前垂れに」のクドキに哀れがあり、手負いになってからの凄みが生きてくる。

　第三部「狐狸狐狸ばなし」。
　もともと、森繁久弥、山田五十鈴、三木のり平ら手練れにあてて北條秀司が書き下ろして、役者の味で見せる芝居。ここ数年は勘三郎が上方出の女形上がりの伊之助を当り役として来たが、扇雀では流石に荷が重い。森繁も勘三郎も、歌舞伎の女形を持ち前の喜劇味で戯画化したわけだが、扇雀の身体自体に喜劇味が無い上、実際に女形だからだ。したがって、重心がおのずと、生臭坊主の重善（橋之助）と浮気している女房のおきわ（七之助）に移り、伊之助とおきわとのやり取りも、おきわの反応を観てはじめて観客が笑う、という順になる。

　周囲では、狂言廻しの勘九郎の又市が「五段目」の勘平ばりの形の良さを見せ、山左衛門の甚平、巳之助の福造と健闘しているが、どうしても舞台に隙間風が吹く。これから先、彼らが持役にして行くにもせよ、こうした役者の持ち味を前提に書き下ろされた作品上演の難しさを思った。

　「棒しばり」。
　勘三郎相手に太郎冠者だった三津五郎が、両手を棒で戒められる次郎冠者に廻る。揚幕からの「何じゃ召すか」と出るイキもスッとして良く、棒術の「受けつ流しつ」の気組、酒蔵を空けての描出力も良い。

　酒が進んで、「東からげの塩衣」も「汐汲」らしい品格から次第に砕けて、汐と一体となって戯れる運びも上手い。勘九郎の太郎冠者との連れ舞いも、小心だが小ずるい太郎冠者、豪胆な次郎冠者という、両者の対照が上手く生きている。弥十郎の曽根松兵衛がおっとりとした押し出しで良い。