「大歌舞伎」が帰って来た　　　犬丸治　
「テアトロ」２０１３年６月号

約三年ぶりに、新装なった歌舞伎座が帰って来た。否「大歌舞伎」が帰って来た、という想いが深い。
　演舞場は歌舞伎を良く守ったが、地方はじめ公演を分散したため、薄手の座組顔合わせは止むを得なかった。それを思えば四月柿落しは現代平成歌舞伎を結集し、その最高水準を示す舞台といえる。

第一部「鶴寿千歳」は松籟が聴こえて来るような清々しい舞台装置。坂田藤十郎の鶴が立派な位取りで、セリ上がった時、本来なら東の團十郎が対の雄鶴で舞い降りる筈だったのだ、という痛恨が過ぎる。

　「お祭り」は勘三郎追悼だが、私は富十郎・芝翫・雀右衛門ら新・歌舞伎座を観ずに逝った人々への「お祀り」として観た。勘九郎に手を引かれて長男七緒八が登場。新・歌舞伎座が舞台人生のスタートとは幸せである。小山三の茶屋女房も目出度い。三津五郎が「初の一座」の照れ、「面白そうな口あいに」の色気で群を抜く。

昼夜通して第三部「盛綱陣屋」が今月の白眉。
　最初の和田兵衛使者の件からして、当代盛綱役者の揃い踏み。仁左衛門の盛綱の「珍説珍説」の余裕から「反り打って」と見込むイキの鋭さ、それを悠然と受け流す吉右衛門の和田兵衛も、「火炎の中へ行く大胆」の極まりの豪快さもさることながら、謎をかけ盛綱を「只茫然と」させるだけのハラが十分。上質のサスペンスドラマを観る趣。

盛綱は母に小四郎切腹を頼む件の「修羅の巷の」で太鼓を持つ振りをするが打ちかね、「胸に磐石」と扇で胸を打つ仕種、「聞き分けてたべ」で子供に戻り膝をゆすりながらハッとなり、「事を分けたる」で大きく平伏しての極まりが大きい。「血汐の滝」「はや短日の」の愁いも堪能させる。

小四郎恩愛の件は、金太郎の小四郎が誠に神妙、大出来である。東蔵の微妙は後室としての毅然と情愛が備わり手堅いが、この役が彼に回って来るところに「三婆」級の老女役者の層の薄さがある。時蔵の篝火は木戸口の外でジッと母の情を溜め、芝雀の早瀬と好一対。橋之助の信楽が如何にも暴れらしい力感があり、翫雀の藤太が飄逸。大河の小三郎。

首実検の盛綱は、「無慙の弟が」で首桶に愁いを込めてにじり寄り「後ろより」で刀を構え敬って上手の小四郎と極まる動き、首を観て「違う」「安堵」「さすが弟」「では何故小四郎が？」でアッとなってから、一気に「矢疵に」となり小四郎に「相違ない」と聴かせるのが、心の運びといい情理備わった造型である。我當の時政が「とく実検」の手強さといい、古怪で亡父十三代目の俤が懐かしかった。

「いっかな心は」以下の長ゼリフは「手立てのね、ぐ、み」と扇で叩くアクセントも良いが、「負うた子に教えられ」が、「（小四郎が切腹しても）我は油断の過ちばかり」という保身への痛恨になっている。和田兵衛の二度目の出になり「止めて見ぬか」で本舞台で二人が交錯する量感を堪能した。和田兵衛の「我唐崎の」の愁いなど、盛綱役者ゆえの技。大歌舞伎。

第一部「熊谷陣屋」。吉右衛門の熊谷は「思いを胸に」で数珠を袖に収め、気を変えて舞台に行き、制札に改めて目を通す。と、相模がいるので当惑を「尻目にかけて」で紛らわす。心の運びが流れるよう。
「思いがけなきご対面と」で、「奉る」の義太夫一杯に大きく藤の方に一礼する時代味がいい。物語は「駒の頭を」といった扇を使った情景描写の見事さと同時に、「ハア、中に一際」「涙は胸にせきあげ」「抜きかねしに」が、敦盛討死という「虚」の内に、一瞬父親の顔という「実」が出る。それが熊谷の苦衷を裏打ちしている。

首実検になり「ただし直実誤りしか」の気迫から「言上す」と差し出すイキがよい。出家しての「南無阿弥陀仏っちゃよなあ」の晴れやかな表情から、義経の「末世末代敦盛と」をジッと聴いたあと、花道での「夢だ、夢だ」は、悟っても悟り切れぬ父親の煩悩を描いて突き抜けている。

玉三郎の相模は、「七里歩み十里歩み」と言い訳する辺りから陰々滅々。後段の悲劇から逆算しているのだろうが、藤の方を卑怯未練と決め付けるところがカッキリしないと、後段の暗転が生きない。
首を持ってのクドキの実感は、丸本物の「糸に乗る」のとはやや離れている。「サイナア申し」以下が藤の方へのあてつけの様な響きがある。藤の方を制する「実方は死して」以下の長セリフは立女形らしい格を見せた。菊之助の藤の方は気品もあり、青葉の笛を抱いての述懐でダレさせなかったのが手柄。

仁左衛門の義経は、出て来た瞬間舞台がパッと明るくなる。「始終の様子は奥にて聞く」に言外のニュアンスを込め、弥陀六をジッと首を傾げて見入りながら「宗清待て」とピタリと止めるイキ、「誠や」の愛嬌から一転「眉間のホクロ」と手強く決め付ける。「爺よ」といった入れ事はしない。「障子の内の鎧櫃」と本文通り言うなど用意が見える。幕切、七三の熊谷に首を差しつける時に顔を後ろに背けるのが珍しい。泣き上げでもあり、同時にシテを立てる行儀とも見える。歌六の弥陀六が、気が若く一徹に演じており「テモ恐ろしい」以下の長ゼリフの意をキチンと客に伝え、終幕の「命があらば」という熊谷との対照が生きている。

第二部「白浪五人男」。
　菊五郎にとって三十回目という弁天。「浜松屋」の娘の間が些かトウがたって見えるが、見顕わしされてからの愛嬌、手代たちに馬の骨と言われてキッとなる凄味が手に入っている。名乗りでも、煙管の扱い一つで不敵さを出す。駄右衛門に「この御礼には何時か一度」と捨てゼリフを吐く処は、菊吉並んでの応酬で流石に舞台が大きくなる。
　吉右衛門の駄右衛門は、見顕わしの際の時代世話の緩急、弁天南郷にそろそろと合図するハラなど行き届く。左團次の南郷は武骨で色気が欲しい。彦三郎の幸兵衛が実直。菊之助の宗之助。幸四郎の鳶頭が芝居が重い。

「勢揃い」では三津五郎の忠信がキッパリとし、時蔵の赤星が懐に手を入れた極まりでやわらかさを見せる。駄右衛門はここといい「山門」といい悠然たるものである。「極楽寺屋根上」の立ち回りは、菊五郎も流石にかつてのキレはないが、むしろカラミを使って自分の姿態の美しさを生かしているのが芸である。梅玉の青砥藤綱。

「将門」。
　玉三郎の如月は、面灯りでセリ上がり天紅の文を読む辺りは臈たけた美しさであるが、本舞台に来ての「嵯峨や御室の花盛り」などあっさりとして、クドキも情が薄い。「ほのぼのと」の廓話も変わり目がなく平板。旗を落としての「そっこでせ」も洒落っ気がなく、どこかで醒めている。ぶっかえって滝夜叉になっても変わらないのはいけない。こうした草双紙趣味の濃厚な味わいというのは、玉三郎の身体にないのだろうか。松緑の光圀が、軍物語をキッパリと踊っている。

「勧進帳」。
　幸四郎の弁慶は、従来の神経質で説明的な演技が抑えられ、花道での「ヤアレ暫く」の第一声から太い描線で押して行く。無論、勧進帳を読み上げてさっさと下手に行ってしまったり「霜に煮湯を」に妙な癖をつける。一番いけないのは義経に金剛杖を振り上げるときに、済まぬとばかり一礼するこの人の悪癖はいつもの通り。とはいえ、ノット、読上げと進み、山伏問答は菊五郎の富樫の畳み掛けもあって熱の籠もった応酬になったし、盃事から延年の舞への興の乗り方、幕外で六方に掛かる前の思入れまで、「智の弁慶」として一本筋が通っている。
　疑問だったのは「鎧にそいし袖枕」の居所が下手過ぎた件。「判官御手」で梅玉の義経がやや中央寄りになったせいか。

四天王のうち、勘九郎の駿河次郎が「いでや関所を」のイキや「寄せ」の殺気など、キラリと光るものを見せている。